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「無」

「無」

日本人特有の「無」という文化

外国人からは
理解しがたい感覚だろうが
あえて・・・・言葉にせず
あえて・・・・何も置かず
あえて・・・・描かず
そんな意図のある「無」が存在する

日本の皇室内部の風景も
映像でみる度に感じることは
驚く程にシンプルだ

柔らかな光の入る窓辺の障子
同じく柔らかな色合いの絨毯
それと同化したような
主張しすぎない家具
そこに
たったひとつの花壺

海外の豪華絢爛な姿とは
真逆でありながら
ずっと上品で
品格を感じる

この「無」を理解するためには
想像力と思いやりが必要だ

あえて言葉にしないことや
言葉の間を
理解する為の
相手を思う想像力

何も置いていない空間や
描かれていない白を
自分自身の想像力で埋める感性

常日頃から
心と知識を磨き
感性を豊かにしておくことで
「無」は無限大に広がり
人生が奥深いものになるように感じる


そんな今日のヒデキチでした

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by hidekichizm | 2017-10-16 08:00 | Comments(0)

「鏡」

神社へ参拝すると
御神体として鏡がある

私達は自分自身の姿は
鏡を通してしか
見ることができない

また
かがみの中心から「が」をぬく
か我み

神社には
願いをかけに行く場になりつつあるが
そこにあるのは
鏡にうつる自分の姿

願いに対しての
神の言葉は
我を中心に願いをかけるのではなく
あくまでも
今の
ありのままの
自分自身(自分自神)を見つめ
あるがままを受け入れ
理想との差を埋めるための
努力せよ・・・
ということのように感じる

この努力こそが
差取り=悟り へと
繋がるのかもしれない。


そんな今日のヒデキチでした。

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by hidekichizm | 2017-10-14 15:35 | Comments(0)

行いは我にあり
評価は他にあり
我、関せず

勝海舟の言葉です。

自分自身の行いは我で責任を持つ
しかし
評価は他人がすること

自分自身で自己評価すれば
認めてもらいたい・・・
どうして認めて認められないのだろう・・
そうした欲やジレンマがうまれ
他人の評価に
一喜一憂してしまうもの

だからこそ
関せず進めよ
そうした意味だろう

何事においても
すぐに損得ばかり考え
名声の為に
自分の評価を得るための流す汗は
人の心を退けぞらし
評価されぬもの

損得ではなく
道徳の「徳」を生き方の中心に置き
他人に為に汗を流せば
自然と人の評価は
沸き上がってくるもの

働く事の中心は
私利私欲ではなく
利他の心がなくては
良い汗はかけないのであろう。

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by hidekichizm | 2017-10-08 15:56 | Comments(0)

繋ぐ

夏の終わりから
秋の入り口への
季節の節(ふし)を感じる毎日

空気も、虫の音も、
空の色や
目にはいる彼岸花やすすきも
気づけば
さりげなく
季節は私達を次の季節へといざなう

そこには
流れるように四季を繋ぐ
美学があるように感じる

日本陸上のリレーのバトンパスも
そうだろう
流れるように繋ぐことで
メダルを勝ち取った

季節が日々移ろうように
世の中も移ろうもの

節が訪れた際に
何もかもが一転するような
洪水や氾濫が起きるような
繋ぎかたではなく

繋ぐもの・繋がれるものが
主張し過ぎず
互いに息を合わせ

水が自然に川を流れるように
季節が巡るように
穏やかに
周囲へといざなう

そんな節を迎え
新しい次へと繋ぐことの大切さを
日々刻々と変化する自然は
教えてくれるようだ

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by hidekichizm | 2017-09-29 11:46 | Comments(0)

儒教の言葉

儒教の言葉
「進むに礼を似てし、
退くに義を以てする」

礼とはヘリ下ることを意味する。
進んで仕える時こそ、
はやる気持ちをおさえる。
義は断固たる処置することを意味する。
退く際には、
自分の心をきっぱりと決める。


愛想良くすること
人を助けること
人付き合いをよくすることが
美徳とされ重視される世の中。
しかし
そればかりで
充実した世の中があるわけではない。

事実、
うまくいっている組織の中には必ず
手をとって助けもせず
人付き合いも良くないボスがいる。
この種のボスは、取っつきにくく
気難しくわがままなくせに
しばしば誰よりも多くの人を育てる。
一流の仕事を要求し、
また自らにも要求する。
基準を高く定め、
それを守ることを期待する。

何が正しいかだけを考え
誰が正しいかは考えない。


様々なことを学びすぎて
こうありたいという自分の姿が
大きくなりすぎて
本来の自分の姿が見えなくなる時。
迷いを生じる時。
自分らしさを見つけるのは
案外難しいものですが…
ふと立ち止まり考えることは
これまでの歩み。

六十の手習い
という言葉があります。

それは六十になり
改めて何かを始めるのではなく、
今まで一生を振り返り、
これまで続けてきたものを
一から出直すことを言うそうです。

六十ではありませんが
次々と
新しい自分を求めることだけではなく
時折、これまでの歩みを振り返り
経験から得た学びを思い返しながら
今ある自分、本来の自分の姿を
見つけることで、答えを出せることが
あるように思います。

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by hidekichizm | 2017-08-22 09:10 | Comments(0)

瀉瓶

瀉瓶(しゃびょう)

ひとつの瓶から、他の瓶に水を

注ぎ移すこと。

師から弟子に仏法の奥義

秘法、思想、考え方を

伝授すること。

転じて

心から心へと伝えること。

また、これらを

漏れなく伝えようとすれば

伝えられる弟子も頭と心を「空」に

しておかなければ全ては会得出来ず。

空海が伝えたとされる

「瀉瓶」という言葉

師と弟子という関係ならずとも

尊敬する方、

心を繋げたいと思う方と

そっと一滴一滴、水を注ぐように

言葉をひとつひとつ

相手の心に注ぐこと

また

心の間口を広げ、

ありのまま受け入れること

更にお互いが、そうし合えることで

互いの中にある水は中和し

心をひとつに出来るのでは

ないだろうか

読書や学びの目的は

大切な方へ

「瀉瓶」する為の

手段であり

また一方で

「瀉瓶」を受け止める為の

心の余白は

常に持ち続けたいものである

古き言葉に学ぶ


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by hidekichizm | 2017-08-03 10:56 | Comments(0)

学・稽古

「学・稽古」

人生は常に

稽古や学びだと感じる日々

いくつになろうと

慢心などする暇もなく

悩みは訪れ

学びを得る

練習を重ねれば重ねる程

学べば学ぶ程

自分の無知や未熟さを思い知り

そしてまた学ぶ

稽古とは

守義通りには

「古(いにしえ)に稽(かんが)えること」

古に学ぶことが稽古である

型を守って

型に就き

型を破って

型を出て

型を離れて

型を生む

世阿弥の言葉

古い言葉も

共感出来るのは

今も昔も時代は変わろうとも

文明がいくら発展しようとも

人が人生の中で感じる思いは

変わっていないからかもしれない

この世は常に変化する無常の世界

ひとつ解決した

成功したと思っても

また次が訪れる

だからこそ常に

初心忘れるべからず

稽古し学ぶことをおこたることは

出来ない

そして学びや稽古を積み重ねた

その先には

心の豊かさがあることも忘れてならない


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by hidekichizm | 2017-07-30 08:58 | Comments(0)

せぬ隙

「せぬ隙」

世阿弥の「風姿花伝」

幾度も幾度も読み返し

読み返す度に発見と共鳴、

共感、学びの多い奥深い一冊。

風姿花伝は能の芸道についての

書物であり、その芸道の根に刻まれた

日本人が古来より重んじる

心の本だと感じる。

その中に「せぬ隙」という言葉がある。

能の中の芸と芸の合間にこそ

つまり静と動の「静の時」にこそ

息を抜くのではなく

動いている時以上に張りつめ

表現せずとも「気配」としての

趣が現れることと

解釈している

そして、それこそが芸をいかす為の

意識の奥にある充実・魂であり

決して演じてはならないからこそ

かもし出す真(まこと)

なのではないか…ということだろう

と感じる。

「間」

現代にある間とは

人間、世間、時間、空間…

これらの密度を高めること

「間」が少ないことが

進歩や進化であると

考えられるようになった。

早く、簡単、便利、機密、

ズレることなく、普通

コンパクトにスマートに…

しかし

本当に隙間があることは無駄か…

何事も間を埋めることに必死な私達

しかし

「せぬ隙」の充実こそが

真の充実、心の豊かさに繋がるのでは…

そんなことをふと考えさせられる

空間にある間…

日本に昔は当たり前にあったが

無くなりつつある間…

床の間

わずかなスペースではあるが

花や書を飾ることだけが

その目的ではなく

床の間は

空という贅沢な空虚さと

花や書という存在感が同居し

眺めれば、心がおさまる

心の拠り所となる

特別な空間だと感じる。

何十年と時を過ごす家

こうした間も

真の充実、暮らしの豊かさに

繋がるのではないでしょうか

芸の奥にある心を学ぶ。


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by hidekichizm | 2017-07-28 07:38 | Comments(0)

誘い水

「誘い水」

井戸などで、水が出ないとき

上から水を入れることにより

水を導き出す呼び水のこと…誘い水

古い知恵、

自然の原理原則は

私達人間にもきちんとあてはまる

相手を待っていても

不平不満を言っても

成らぬことをいくら考えも

何も始まらない

重たい空気を打破したい

そんなとき、

自ら手を差しのべる

自ら笑顔をふるまう

自ら…

困難なとき

苦しい時にこそ

自らが人の誘い水となり

流れを変える…

暮らしの中でも様々な事がある。

今こそ、古き物や事から

様々な事を学び、

日本風土に寄り添った文化こそ

これからの暮らしに必要な

「誘い水」なのではないだろうか。


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by hidekichizm | 2017-07-17 09:25 | Comments(0)

役目

「役目」

小さな種…
それは根や葉や茎や幹、
枝や花や実
その全てになる要素が
小さな殻の中に
ギュッとつまっている
可能性の塊

芽を出し
根を出し
成長するに連れて
ひとつの植物にも
様々な役割が必要になる

根はどんな風雨にも耐えるように
堅い土の中を下に横に
根を張り支える

茎は太陽をあびる為に上へ上へ
そして枝をつけながら
茎はいつしか幹へ

枝は葉をつけ
更に日を浴びるために広がり

葉は全身で日を浴び
水を浴び
エネルギーを身体中に送る

花は受粉の為に虫を呼び
実は継ぎへと命を繋ぐ


どの役割も
それが欠けては命は途絶え
どの役割もが必要不可欠


私達の社会の中でも
仕組みは同じだろう…

小さな種の中では
全てを一人でこなしていける

しかし一人で出来ることには
限界がある

成長して
大きくなればなる程
人が必要になり
役割は分担され
その役割を
それぞれが全うすることで
ひとつの大きな社会は育まれる

そこには
花が一番とか実が一番とか
そうした格差はなく
そのどれもに
互いが寄り添わなければ
事は成せないと知り

それぞれが自分の役割にプロ意識と
プライドを持ち
また
他への敬意を払い
それぞれが連動することで
育まれていくのだろう

自分の持ち場や役割を
輝かせられるのは
他の誰でもなく
自分が懸命になり
役目にプライドを持ち
役割を果たした末の成果

一隅を照らす
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by hidekichizm | 2017-05-06 10:32 | Comments(0)


VEGA HOUSE 社長   日々是鍛錬


by hidekichizm

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